ひきつづき年の瀬の繁華街。
が、クリスマスは静かなものだった。
レストランや、イルミネーションスポット周辺の店は忙しかっただろうけど、
うちはもともと食事後の二軒目もしくは三軒目のバーだから、
自宅でチキンやローストビーフを並べて「宅飲み」する人や、
そそくさとラブホに消えるカップルが増える日は、そう集まらない。
イブの深夜は、赤鼻のトナカイの着ぐるみをかぶった常連の男子が
ひとりで来店。仲間たちと一緒に、小児科病棟に入院中の子供たちに
プレゼントを配るボランティアをやってきた帰りなのだそうだ。
「去年いた子が亡くなっていたりして、つらい気持ちにもなるけど、
俺、子供の頃小児科病棟にいたから、やらずにいられないんだよね。
もう活動しはじめて20年になるんだけど」
へえ、そんなことやってたのかあ。
いつもカウンターでぶすくれてブツクサブツクサ言ってるし、
なんだよ浮かれてトナカイかぶっちゃってと思ってたけど、
いいとこがあったんだなあ。
すっかり見直して、話につきあっているうち、ふと思い出した。
「あれ? トナカイ君、あんた、今年のクリスマスは彼女連れてくる、って
言ってなかったっけ?」
そう。先月、このトナカイ君は、「やべー! 彼女できそうなんだけど!」と
喜び勇んで店に駆けこんできて、ニタニタしながら、印籠でも掲げるように
スマホの画面を私の顔の前に突き出し、女性の写真を見せつけてきたのだ。
かなりの美人だったので「これ、まじ? どーなってんの?」と真剣に驚いて
トナカイ君を怒らせたりもしたが、どうも、慣れ染めを聞けば聞くほど本当に
脈があるとしか思えなかった。
「今年は楽しいクリスマスになるねえ」
「うん、レストラン予約しちゃった。イブの日、この子連れて飲みに来るから、
よろしく頼みますよ?」
「わかったよ、たっぷり持ち上げてあげるからビール一杯おごれ!」
なんて話していたのだ。
するとトナカイ君、途端にカウンターに顔を突っ伏してしまった。
「……察して、くださいよ……ぉぉぉぉぉぉぉ」
あ。えーと、次はなんの曲かけようかしらね。
今日はずーっと世界のクリスマスソングばっかりかけてるのよねー。
「……クリスマスじゃないの、かけませんか……ぉぉぉぉぉぉぉ」
あ。そーね。そーよねー。他のお客さんもクリスマス感期待してるわけじゃ
ないみたいだし、そんなに浮かれてもしょうがないわよねー。
うーんと、次の曲は、「ホワイトクリスマス」のサルサバージョンをセットして
いたんだけどおー、とりあえず2曲ぐらい先に送って、聞いたことないの
かけてみましょうか。
あ。2曲先は、サンバが収録されてるみたい。ね、サンバにしましょう。
いいですか、ここはブラジルです。むしろクリスマスでもありません。
「……うん、いいね、この際、サンバでテンション上げよ……ぉぉぉぉぉぉぉ」
店内に置いてあるマラカスを片手に、自虐キャラとしてテンション上げようと
しはじめたトナカイ君。
あちゃー、こりゃ大変だわ…。顔色をうかがいつつ、次の曲どうしようかと
考えはじめた頃、かけたサンバが、「ジングルベル」のサンババージョン
であったことが発覚。店内は、むしろ激しく陽気なクリスマス★に。
あ。そもそもこのレコード、丸ごと一枚、クリスマスのラテン特集だった。
「……ぉぉぉぉぉぉぉ……」
泣きそうな顔で、サンバのリズムの「ジングルベール♪」に合わせて
マラカスをふる、赤鼻のトナカイ君。や、やっばー。
しかし、芸は身を助く。
彼は新宿の繁華街を馴らしまくっているのでマラカスがやたらうまかった。
「わー、トナカイかわいい!」
「すごい、マラカスうまーい!」
みるみる来店した人たちに取り囲まれて、調子を取り戻していったようだった。
深夜2時。
閉店後、「スタンド・バイ・ミー」が静かに流れる店の片隅には、
よれよれにくたびれて爆睡する、傷だらけのトナカイの姿があった。
人を楽しませるのが好きなんだから、しょうがない。
まあ来年は女の子とすやすや眠れるクリスマスになるといいよねえ。